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●読み物「蚕のお話し」
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読み物「蚕のお話し」2
古来より、人間の生活にとって、切り離すことの出来ない自然の宝物、蚕。
その蚕についての歴史、様々な逸話についておおくりします。



●シルクロード〜蚕がもたらした世界の交易路〜

シルクロードは、ドイツ人地理学者リヒトホーフェンが125年前に作った言葉です。当初は、中国から現在のウズベキスタン共和国までの短い交易路に限定したものでした。しかし現在では、西のローマから東の長安までを結ぶ長大な交易路全体を指す言葉となっています。
およそ2,500年前絹織物は、中国から他の国へ盛んに売られるようになりました。ローマやペルシアの商人は、長大なシルクロードを様々な危険な目に遭いながらも絹織物を求めて、中国まではるばる買いつけに行きました。絹はそれほどの価値あるものだったのです。当時のローマでは,同じ重さの金と取引されるほど重宝されたのです。当時中国では、養蚕・絹織物生産の技術をひみつにしていました。この為、他の国の人々は、この技術を大変うらやましがり、なんとかして知りたいと考えていました。
「ある国のお姫様が帽子に蚕の卵を隠して中国から持ち出した」「ペルシャ人修道僧が杖に蚕の卵を隠して持ち出した」という逸話も残っています。


●日本に伝わった養蚕

養蚕は、弥生時代の頃、日本に伝来したと言われています。日本へ養蚕や機織の技術を伝えたのは朝鮮半島を経由して大陸からやってきた帰化人だといわれています。中国の歴史書である「魏志倭人伝」に邪馬台国の女王、卑弥呼が、魏の王様に絹織物を貢物として献上したという記述があることから、この頃までには、日本でもすでに養蚕が行われていたらしいことが伺えます。
こうして日本に根付いた養蚕は、稲作と同じ様に重要な産業のひとつとなりました。蚕は「おかいこ様」と呼ばれ、大切に育てられました。養蚕の神様に豊蚕を祈願する蚕神信仰は、日本各地にみられます。江戸時代中期には、蚕の品種改良がさかんに行われ、より品質の良い絹が生産されるようになりました。幕末になると絹は日本の重要な輸出品となり、明治時代には、養蚕業、製糸業は、日本の近代化になくてはならない基幹産業となったのです。


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